ハロウィンプチテロを鎮圧するだけ(作:生野菜サラダ様)

万聖節前夜。リューンの街中では、精霊を祭る名目で、仮装集団が通りを占拠している。冒険者の宿『アードベッグ』は、例年に漏れず開店休業状態だ。日ごろだらだらと酒を呑んで過ごしている連中も、ほとんどがその姿を見せていない。あの騒ぎに混じっているか、薄給で警備の手伝いでもさせられているのだろう。

ただ、俺たち「絶妙のネギ」の六人はいつもと変わらず、まったりと過ごしていた。漆黒のマスクを愛し、黒衣を身に纏い、行く先々でマスクを布教する冒険者として名高い俺たちだが、今日は分が悪い。仮装集団に混ざってしまうと、このマスクはなんとも地味に見えてしまう。せっかくの魅力が伝わらないのだ。そんなわけで、エールと豆のスープにまみれた穏やかな時間を謳歌する事に決めたのだ。



「……なあ、お前さんよ。せっかく今日は万聖節前夜だってのにダラダラして、出かける用事の1つくらいないのかね?」

珍しく、親父さんが「仕事しろ」以外の言葉を口にした。声に若干の非難が込められているようだが、無理もない。本来なら今日は、一年を通しても貴重な、親父さんが休める日なのだ。万聖節前夜に依頼を持ち込むような奴はそうそういないし、冒険者ギルドも反応が鈍い。それを台無しにしている俺たちを邪魔に思うのは仕方ない。

「うるさいなあ。今日は待機ですよ。ジャリンコ共のトリトリ待機ですぅー」
「トリトリ?」
「トリック・オア・トリート」
「お菓子の用意もせずに何言ってんだか……」

エールを呑んで溶けた豆をすするオートマトンと化していた俺たちの中で、まだ比較的正気を保っていた六子が親父さんと気の抜けたやり取りを繰り広げる。親父さんも邪魔者の退散については諦めている様子だ。

「……ん?」

再び場を沈黙が支配しようとした矢先に、ガタンと、乱暴に宿のドアが開かれた。冷たい風が流れ込み、思わず顔をしかめる。来訪者にいら立ちを込めた視線を向けてやるが、マスクでよく見えないかもしれない。他の五人も同様に闖入者の方を向いている。六マスクの視線が集中した。

「おーい、そこの冒険者ー……ひっ!!」

男は俺たちの方を見るなり、凍り付いた。失礼なやつだ。

「……あいつ、またか」

うんざりした様子で、二郎が呟く。

『また』。確かに、俺たちはこの男を知っている。
聖誕祭に始まり、この一年、何度となく繰り返されたこの展開……。
まず、この男は自警団だ。
季節行事で大した依頼もない時に、俺たちがのんびり過ごしていると、決まって彼が乱入してきて……。

「ハロウィンテロだ!鎮圧を手伝ってくれ!」

そう、これだ。テロの鎮圧を依頼してくる。

「お前本当いい加減にしろよ!?」

先ほどからカウンターと一体化していた五郎が顔を上げ、怨嗟のこもった声で男を咎める。
毎回毎回テロを持ってきやがって、冒険者の平穏をなんだと思っているんだ。

「俺のせーじゃねーし!!とにかくこっちだ!早く!早く来てくれ!!」

有無を言わさず話を進める。なんて野郎だ。
ちらりを親父さんの方を見たが、えらく嬉しそうな顔をしていやがる。クソっ。

自警団の男は俺のマスクの頭頂部を乱暴につかむと、強引に外に連れ出そうとする。
マスクの頭頂部をひっぱられると、俺たちは抵抗ができない。脱げてしまうからだ。
この男はそれをわかった上で、毎回やりやがる。いつか討伐してやりたい。

かくして、俺たちは安息の地から寒空の下に出張る羽目になった。


「お前さぁ、引っ張るのやめろって何度言えばわかんの?」

可能な限り怒りを込めた表情を作り睨むが、男はニヤニヤしているだけだ。

「わははは。急げ!間に合わなくなるぞー!」

クソが、なんでそんなに楽しそうなんだよ。


さながら黒い風となって、かぼちゃランタンやドライフラワーのブーケで飾られた街中を駆け抜ける。見たところ大した被害も出ていないようだ。怪我人もいない。もはや住民も皆慣れているらしく、素早く逃げ出したそうだ。

……俺たち、出張る必要あるのか?そんな疑問が頭を過ったが、しかし、ここまで来たら報酬を貰わずに引き下がるわけにはいかない。労働には対価が必要なのだ。


「いたぞ!あいつらだ!」

声の先には、いつもの赤い服を着こんだチンピラが数名、何事か叫びながらナイフだの棒切れを振り回して暴れている。どこかで見たような顔しかいない。例によって、質の悪い火晶石も持っているんだろう。冷静になると、前言を撤回して帰りたくなる。火傷を負って400SPじゃ割に合わない。


「俺はあっちに逝く!ここは任せたぞ!」

これも毎度の事だが、この男は絶対に自分では戦わない。宿に現れ、人を拉致し、現場に放置する。なんという理想的な上官ムーブ。

「後で覚えとけよ!自警団の人!!」

普段は温厚な二郎が吐き捨てる。俺も同じ気持ちだ。だんだん腹が立ってきた。

主犯たるチンピラどもはこちらを見ると、ゲラゲラと笑い始めた。「まぁたあいつらだ」「暇なんだろ」「売れない冒険者」「マスクきもい」冒険の日々で鍛えられた聴力は、彼らの罵詈雑言を余さずに受け止める。

オーケイかつての聖人たち、諸君らの記念日に不届き者をぶちのめす事を許し給え。

「お前らもお前らだ!許さねーぞ!!全員逮捕だ!拘束しろーーーー!!!」

俺たちは武器を構え、殺る気を滾らせチンピラどもに突撃した。


「おやめなさいー!子供もいるんですよ!」

六人で唯一、文句も言わず着いて来た四郎がチンピラを諫める。こいつ、こんな時でも黒のダブレットを着込んでやがる。ダンスでも始めるつもりか……。


「うるせーーー!!何がハロウィンだーーー!ノーマナーコスプレ集団爆発しろぉーーー!!」

四郎の交渉は当然のように決裂し、チンピラは身勝手な口上を述べる。コスプレ集団が鬱陶しいのは俺も同意見だが、こいつらの迷惑さには到底及ばない。

「ノーマナーはお前らじゃあ!」

そう叫び、六子が先手を打って魔法の矢を放つ。まともな詠唱もせずに発動させられたそれは弱弱しい軌跡を描き、チンピラの一人の胸を貫いた。本来の威力なら即死だろうが、あれなら死ぬことはない。さすが六子、キレても手加減は忘れていない。倒れたチンピラは素早く三郎が拘束する。不意を打てればこんなものだ。

「ち、ちくしょうー!バカヤロー!!」

叫びながら、残ったチンピラ二人が手を振り上げ、こちらに何かを投げようとするのが見えた。……やっぱり持っていやがったか、あのクズ火晶石!!

「下がれ!!」

素早く後退するが、一人だけ動かない。四郎が縛られたチンピラの前に立っているのだ。あのバカ……!

「皆さん!彼を!」

四郎が拘束チンピラをこちら側に蹴り飛ばす。その背後で、火晶石がさく裂し……轟音と共に、四郎が炎に包まれる……!

「まずいぞ!!四郎を!!」

俺は四郎に駆け寄ると、マントをかぶせて鎮火を試みる……。しかし、その前に気づいてしまった。
燃えているのは、服だけだ。四郎の体を薄い不可視の膜が覆っており、炎を遮断している。

……最悪だ。

「五郎!眠りの雲は!?」
「無理だ!間に合わん!一郎も早く四郎から離れろ!!!」

五郎が悲痛な声で警告する。手遅れか……。



「よくも、私の服を……」

漆黒のマスクと、ブーメランパンツ。そして、テカテカと輝く筋肉……。
炎が消え残ったのは、狂気。
平時は敵にさえ紳士的な四郎だが、ひとたび筋肉を晒すと、容赦のない鬼と化す。

「荒ぶる筋肉、それは戦いの証……。
優しい筋肉は、隠されてしかるべき……それを……!」

マスクの下に狂気を携え、四郎が吼える。

「覚悟は……できているな?」

「ひっ……」

四郎はどこからか両手いっぱいの火晶石を取り出す。それを見た六子が固まる。あの火晶石はチンピラの持っているそれとは質が違う。価格にして1000SPは下らないはずだ。赤字確定。パーティの財布を握る立場としては許しがたい暴挙だろう。だがそれ以前に、テロの鎮圧で火晶石をぶちかますアホがいるか!

「落ち着け四郎!!」
「そぉれ!!筋肉覿面っ!!!」
「筋肉関係なぐわああああああ!!!!」

先ほどとは比較にならない閃光が辺りを包み、チンピラどもを飲み込む……。
ついでに壁や道路のレンガも吹き飛ぶ様が視界に入り、俺は思考をやめた。


「ええと……すみません」
「うるせえよ、そう思ってんならキリキリ働け」
「あとエールおごれよ」
「うう……」

結局、破壊した公共施設の穴埋めとして、無給で一晩中テロリスト狩りをすることとなった。
住民は全て避難していたし、チンピラどもも無暗に頑丈だったおかげで、殺人犯にならず済んだだけ幸いだろうか。
(チンピラが死んでも不問になっただろうけど)

「ちゃっかり仮装してんじゃねーーー!!」
「コスプレ爆発しろー!爆発しろよォーーー!!」

「くそが!あのチンピラども!まだいるのかよ!」
「うるせぇーーー!!お前ら全員連行!連行じゃーーーー!!!」

次から次へと湧くチンピラどもを連行するだけの、去年の聖誕祭以来、延々と繰り返される実りのない騒動。



「厄年だ……」

こうして、俺たちの今日は無駄に過ぎ去った……。

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